漫研チャット
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■■■■2009年01月03日■■■■
ルイ >> ああ、そうか。諸評に画像貼れるんだ。それならスケアクロウマン・・・
ルイ >> でも、一枚貼った所であんま意味ないとも言えますね。僕なら「これがこの作品!」という一枚を、貼るなら貼りたいです。が、そんなもんがそうそう見つかるとも考えにくく・・・w
LD >> まあ、「この1話なら、この1枚!」という感じに張るって、総論は決めかねるなら止めておくとか…w
LD >> Re:井汲さん 「漫研」の場には、あんまりそぐわない議論>そうですねえ…。僕、ないし「漫研」でするであろう話を井汲さんは分っていて、別の選択をしているのでしょうから、それ以上の事は僕は何も無いんですよねw
LD >> 敢えて言えば、井汲さんの話に多少合わせるとしても、僕は原作云々の属性に関係なく「面白い」ものを誉めて広め、お金を出し、「つまらない」ものを無視して、お金を出さない、という事がその産業を支えるという風に考えると思う。
LD >> ところが「漫研」は、多分、ジャンプやサンデーがどんなに「つまらなく」なっても(一定の価値を認める限り)お金を出すんですけどねwTVアニメがどんなに「つまらなく」なっても、チェックを続けるし話題にすると思う。…基本的にここはそういう場所ですよねw
LD >> ガメラはおろかゴジラも消えて久しく、円谷はああで、戦隊と平成ライダーがほそぼそと続く程度(今は「トミカヒーロー」とか「携帯刑事」とかありますけどね)の“特撮ファン”を続けていますしねw
LD >> GiGiさんは、今、開花しつつある文化を“育てよう”としているはずだから、その文脈も自ずと違ってきますよね。
GiGi >> 特撮が消えず生きているというのもひとつの答えですよね。
井汲 >> > 視聴者のパイが小さすぎて成立していない そうですね。だからその「パイを大きくする」ことが最も重要なことで、それにそっぽを向いた方向には全然賛同できないのです。
井汲 >> 「駄作を作ることを恐れるな」という考え方自体には別に反対する所はないのですが、原作ものは、出来がよかろうとよくなかろうと、「パイを大きくする」ことに寄与しないから、私は支持できない、という立場ですね。
井汲 >> 映画界やゲーム界というのは、その「パイの大きさ」をすでに育ててあるんですね。なので、アニメ界と「比率を公平に比べる」と言った場合、「比較を公平に行うための前提条件がそもそも整っていないので、『公平な比較』というのは(現状では)行えない/意味がない」といったところかなあ。
井汲 >> > 基本的にここはそういう場所 まさしくその通りだと思っています。場違いな話を延々と続けて済みません(笑)。
井汲 >>http://www.nhk.or.jp/animeyawa/ なんで「トリトン」の回にパクロミが出るんだろう…実は大ファンだったりするのかな?)
kichi >> お、ルイさんがシムーンを観はじめましたか。私にはシムーンという作品に対する気持ちは複雑過ぎて整理しきれなかったというのが正直なところなもので、ルイさんが語ってくれることである程度見えてくるものがあることを期待してますw
kichi >> ていうか、「全能感の喪失の肯定」っていうのはいきなりズバリときてる気もしますね。もっとも、(あの1話目は結構驚いたんじゃないかと思いますがw)序盤からそこは突いているので、どれだけ奥あるいは先を描いているか?って感じになってくるかな?
kichi >> あと「美しければそれでいい」っていう言葉は私もすごく惹かれた言葉でして、基本的に私も「面白ければそれでいい」ってスタンスだったんですけど、こっちの方が志高い感じがしていいかも?スタンス変えようかな?みたいなことを考えたりもしてましたw まぁ、ちょっと無理そうですけどねw
ペトロニウス >> シムーンかぁ、わけが分からなかったなー。
kichi >> ああ〜、マクロ視点の強いペトロニウスさんに評価される作品ではないだろうなぁ、とは思います。まとまりの良い作品ではないですしね。ただ、私としてはイビツながらも(或いはイビツだからこそ?)光る何かはあったと感じた作品ではあったのですが……、私にはその良さをうまく言語化できなかったもので、ルイさんに期待しておりますw 駄目作品と一蹴される可能性も無いわけじゃないですけどねw
ペトロニウス >> ダメとは思わないけどね。たぶん熱狂的に好きな人は好きだと思う。『灰羽連盟』と似た感じ。
kichi >> 「灰羽連盟」も近いうちに観たいと思っている作品ではあります。……というか、去年の夏頃「lain」とどっちを見るか迷って「lain」を選んでしまったという……w
GiGi >> 玖足手帖さんの新年のエントリの、黒の王子と白の騎士の話がすごく面白かった。後で言及記事書くかも。
GiGi >> キングゲイナーまた観たいなあ。ペトロニウスさん未見だったら是非観て欲しい。
GiGi >> しかしゲインとアスハムの関係にルルーシュとスザクの原型があったとは。まったく気にしてなかったわ〜
GiGi >> >井汲さん。やはり論理の飛躍があるように思います。逐一指摘してもよいんですが…出来れば井汲さんがそう思うに至ったストーリーを知りたいです。
kichi >> あ、GiGiさんのブログの読切漫画の話、私も大賛成です。
ペトロニウス >> そうえいば、「とある魔術の禁書目録」最新話まで全部見ましたよ。
ペトロニウス >> キングゲイナーですか、、、探してみます。<
GiGi >> 高貴な人は絶望するとすぐに世界を巻き込んで心中しようとするという話は納得だなあ。その上でギアスでスザクが生き残った意味を考えるといろいろ興味深い。
kichi >> Webマンガの在り方の問題もいろいろ複雑でどうやって読んでもらうかというのが難しいわけですけど、「読切好き」な読者ってある程度はいるものだと思いますし、そういう人達にとって無料か単体課金であればすごく嬉しい(得な)話ですし、雑誌単位での課金だとしてもアーカイブに長く残るというだけでもとてもありがたい話ですからね。
GiGi >> >kichiさん。記事には書きませんでしたが読み切りを単行本化する入り口になったら更に良いなとかも思います。
kichi >> あ、はい。「双方向」の話はそこも狙っての話だろうとは思ってましたw>単行本化する入り口

■■■■2009年01月04日■■■■
カルマ >> GiGiさんのエントリですが、携帯コミックで読み切りを数十円で売っていくのはどうだろう?とか思ったりしました。
LD >> あれ…?明日っから仕事だよ……?orz おっかしいな…?orz orz orz
LD >> ペトロニウスさん、お休み中、いろいろアニメ観たんですねえ。今度お会いした時、いろいろお話ししたいですw
LD >> 「とある〜」は、とりあえず今の話の後、カミジョー・釣った魚にはエサやらない・トーマくんの美琴の扱いがどうなるか気になるところ…(´・ω・`)
LD >> kichiさん、「lain」が良かったら、「灰羽」はもう少し“救われる”と思いますよ。ジャンルは違うけど、訴えかけるものは近い作品だと思っています。
LD >> 。o(ルイさん、そろそろ日程わかんないかな…)
kichi >> ……実は「lain」は結構厳しかったというのが正直なところですw 相当とっつきにくい作品ではありますし、今となってはああいうネットが発展したイメージも目新しいものではないですしね。ただまぁ、ラスト付近で描かれていたものは悪くなかったですし、聞いた感じでは「灰羽」はいけそうな気がしてます。
LD >> 今となってはああいう〜 >ああ、観られたの去年という話でしたね。そうすると、そこらへんの要素は変わってくるかな?w
ペトロニウス >> 「見えないもの」や「不可知なもの」や「未来」を想像させることを演出のポイントにしている作品は、それが顕わにされた後に見ると、鼻で笑ってしまうところがありますからねぇ。<lain(見ていないけどたぶん)
LD >> ああ、でもオチのあたりは、今でも斬新というか好きなんですよねえ。ネタバレしますけど、あれって“神様”を捕まえてしまった…か“神様”が降りてきてしまった話なんですよね。(…って言ったら誰か観るかな?)
ペトロニウス >> でも、アニメって、効率悪いですよねぇ。そのオチを見るために、25話×25分=625分時間を確保しろってのはきつい。
ペトロニウス >> 昨日、ストライクウィツチーズを、3話まで見ました。あまりのバカぶりに感動しました。企画を通した奴は偉いですね。
ペトロニウス >> ちなみに、Lainとか灰羽連盟とか、、、、ある程度、SFとか宗教とかの不可知なものの寓意性を読み取れるリテラシーがないと、何を言っているかちんぷんかんぷんな作品ですよね。いったいどの辺の対象を市場と考えているんだろうかなぁ。
ペトロニウス >> lainは、見てみたい気がするが・・・あの手の作品は、見続ける気合が必要なんだよなー。アニメってのは、やはりリアルタイムで少しづつ見るのが、合っている形式ですねぇ。
井汲 >> GiGi さん: うーん、あまりこの場にそぐわない話を引っ張るのも何なので………ここらへんで話を畳んだ方がいいとは思うのですが、どうしても、ということでしたら、続きは場所を移しませんか?どこか他所の伝言板を使うか、あるいは電子メールでもいいです。こちらは ikumi■ikumi.que.jp です(四角をアットマークに変える)。
井汲 >> > ストライクウイッチーズ いきなり「トップ!」4話のモロパクリを堂々とやってのけるふてぶてしさには苦笑でした(笑)。で、やるならやるでちゃんと中身の伴ったパクリにすればいいんですが、全然「重み」が足りてないんですよねえ。CM の切れ目での、廊下に包帯が散らばってしまったカットは、主人公の心情とシンクロしててなかなかよかったんですが。
ペトロニウス >> そうだねーやるなら演出をもっと、深めれれば…と思うが。これ、GONZOですよね?。なんでだろう、ここって、要素要素はすべて平均を超えるのに、統合した時のなんか、狂気というか、そういうものが全然なくて、駄作いかに落ちるというパターンが多いんですよね。なぜだろう?。
LD >> 「ウィッチーズ」は有り体に言うと“欠員を出す”作品じゃないのに、“欠員を出す”流れをシナリオに組むから、シナリオ・サイドから観ると緩く、中途半端なんですよね。
LD >> でも、結局の所、この作品はストーリーはキャラクターの従格なので“欠員が出るかもしれない”物語を完うしたいのではなく、キャラクターに“欠員が出るかもしれない”設定を付加する事によってそのキャラ性を上げたいというのが実態と、観ています。
LD >> とはいえ、本当にキャラを昇華するのはやっぱりストーリーをキチンと締める事だとは思うんですけどね。で、そこらへん眼帯子に集約するのはありで、実際、彼女をいじっています……個人的にはもう一歩踏み込んだ方が良い形だったっじゃないかと。どちらかと言うと「引き返し」た感じですね。
LD >> 全然関係ないけど「イナズマイレブン」…帝国のイレブンの中に総帥の子供か孫が混じってますよね?

■■■■2009年01月05日■■■■
GiGi >> 井汲さんにメールとか送ってみた。ここで展開してもいい気もしたけど、せっかくなのでわりと過激目に書いてみたw。
カルマ >> バクマン1巻に、各話の大場つぐみのネームの一部がついてました。
カルマ >> ただ、作品的に1巻の内容って今ほど波に乗ってないという印象ですね。ちゃんとは読み返さないかも。

■■■■2009年01月06日■■■■
ルイ >> 25日・・・大丈夫かな?ってメールで送るべきなのか?wとりあえず今のところ「限りなく確定に近い仮」で25って感じですハイ>LDさん
ルイ >> そして「シムーン」視聴終了。kichiさんと喋るチャンスがあったら是非って所ですね。感じる所は多々ある作品だったので、僕の中では「残る」作品です。同時にペトロニウスさんにあんまり引っかからないのもえらくわかる感じw
ルイ >> 諸評って今、DBに関係ないタイトルでは投稿できないのかな・・?タイトルに(なし)ってのが無い気がする。
ルイ >> 「全能感の〜」は、とるてあと風人から導き出してみた、西村監督の作家性・・・ではないな。物作りのスタンスというものとして一つ抜き出してみたんですが、予想よりズバリでしたね。
ルイ >> ちょっと公式サイトでも覗いてくるか・・・
ペトロニウス >> シムーンは、残ってるんですが、、、、何が良かったか、言葉にならないんですよね。ひとtに良さを説明するとしたら、どこでしょうか?。
ペトロニウス >> キャラクターと物語の、主格と従格って、なにで判断すると考えていますか?<LDさん
kichi >> シムーンの話は是非したいですね! ……もっとも、ただでさえうまく言葉にならなかったのに結構時間経っちゃいましたから(シムーンも去年の夏観たのでした)私の方から面白い話をできる自信はあまり無かったりするんですが……。
kichi >> ちなみに公式、何故か「蔵出しシムーン」のトップページが無くなっちゃってるみたいなんですが、中身は残ってます。NEWSの方から辿れるんでもう見つけてるかもしれませんが、いちおう…… http://www.simoun.tv/special/kuradashi01_1.html
ルイ >> 読み終わりました。・・ただ、ちょっと「続夏目友人帳」をリアルタイムで観ます・・・w
ルイ >> シムーンの何が良かったか、ですか。祭りのあと、ですかねぇ。あれは全て夢だったのじゃないかとすら思える。でも、あったのだと・・・そういう実感を求めて足掻く、青春レクイエムですよね。
ルイ >> (お、OPがナウいぞ・・・!?orz)>夏目
ルイ >> しかし原作で転校した委員長はやっぱり今回も活躍しそうだw
ルイ >> でも「言葉にならない」のはその通りだと思いますね。西村監督って、結局「心の風」を描く映像作家のはずで。今中断してますけど「とるてあ」に何万も文字を費やした挙句、最後は絶対「そこ」に言及して終わろうと思ってますw
kichi >> 私もちょっと心とかw準備したいんで、後日ってことにしてもらえた方がありがたいかもですw>シムーン話
ルイ >> 僕は数日で一気に観た人で、思い入れに差がある事は否めませんから・・・そのへん、僕も「聞きたい」側なんですね。なので準備上等ですw
ルイ >> 先日の話題だと「純粋信仰」という言葉があったかな?僕はそれ、結構信じてるんですね。信仰という仰々しい言葉をつけるのではなく、純粋肯定って程度ですけど。そのピュアさから得られるものはあると思っている。・・・こういうのは、本人は謙虚になるだけなって、他者は肯定するってくらいのバランスがいいんだろうと・・・脱線。
ルイ >> そうそう、そういえばいまだにアーエルの事はよくわかんないなあw 物語を語る為の異分子であり、一種の超人だったんでしょうけどね。
kichi >> やっぱり言葉で綺麗にまとめられる感じの作品ではないですよね。でもまぁ、部分部分の良さを言葉にしていくことはできると思うんで、ちと可能な範囲で考えをまとめてみようかと思いますw
ルイ >> 妖怪の声の中にビッグバンがいるな。さすがNAS繋がり。
kichi >> アーエルはわかんないですよねw でも蔵出しシムーンでは「皆わかると思う」という扱いされてませんでした?w
ルイ >> 僕は結構可能だと思っているんですが・・・完全に、は難しいですね。結局真の映像作品って、映像自体を観た時の情動を抜きに語れるものじゃないと思うんですよ。それは無意識のうちに、アニメーションを何か別の媒体の「物語」に翻訳しているというか・・・
ルイ >> 「蔵出し」は4分くらいでざっと眺めただけなので、コメントは難しい・・・w
ルイ >> マ、マンソンじゃないよな・・?(汗
ルイ >> 「夏夕空」のハマり方が異常なレベルだったので、EDがどうなるか今からワクワクドキドキするな・・・
kichi >> 4分Σ(´・ω・`)……なんとなく蔵出しシムーンじゃなかった気がしたので言及場所探してたんですが見つからず……orz
ルイ >> 夏期のOPEDは何になったんだっけな?wUPされてないからわかりませんがw ・・「夏夕空」は一つの極みだったとは、今でも思いますね。ただ、OPEDとしてというより、作品にそのまま溶け込んでしまったようなものなんですよね。
ルイ >> 好きだからもう会わない、か。美しいなぁ・・。
ルイ >> リュウセイさん・・・そして岸田EDだな!
ルイ >> うひい、素晴らしい。
ルイ >> 夏目少年にとって、妖怪との出会い、別れが「今まわりにいる人たち」との繋がりになっていくという事が、映像として全て表現されている。一期の夏から秋に対比させての、今期は秋から冬。それを演出する雪景色と、ニャンコ先生の雪中移動作画の「限られた枚数で伝わる巧みさ」。見事・・。
ルイ >> っと。kichiさんも昨年という事は、リアルタイムの話はあまり知らないか・・・シムーンって、製作現場に何があったんでしょうね?
ルイ >> 途中で完全に脚本家が入れ替わっているし、偽名のような構成の人も姿を消して「西村フィルム」に化けている。・・・何があったのだろう。
kichi >> 夏目友人帳かぁ……。原作大好き(というか緑川ゆきファン。短編集「蛍火の杜へ」は必読w)なんですけどね……(´・ω・`)
ルイ >> 最初眠気マナコで観ていた自分が引き込まれていったのは、「11話・12話」なんですよね。ここで「truetears」を愛でる立場からすると、ちょうど岡田さんが脚本参加した話数とシンクロすると完璧なのだけれど・・
kichi >> ああ、確かに気になりますねw 8話が分岐点なのかな?>脚本家入れ替えとか
ルイ >> 夏目は、僕は原作よりアニメが「好き」ですね。参加できませんでしたが先日の原作云々の話題があって皆さん敏感でしょうから『好き』に留めますがw
ルイ >> もちろん、原作、というかオリジナルに絶対的な価値があるというのは前提という話の上ですけどね。その辺は音楽オタやってると、オリジナルとその派生曲へのスタンスはおのずと決まってくるw
kichi >> あ、私の”(´・ω・`)”は単に観れる環境にないという意味ですw田舎なもので……(´・ω・`)
ルイ >> 8話・・・9話かな?そのあたりがシムーンという作品の転換点だったとは思うんですけどね。
ルイ >> ショボーンは環境に対してですかwいやどちらにしても事を構えるつもりではなくて、スタンスを明らかにしておこうと思っただけです、スイマセンw>夏目
ルイ >> 11話は、実は「最初」ではなく「最後」。最後の大和屋暁脚本なんですよね。フロエが兵士と恋する話なんですけど・・・このあたりで、キャラクターが動き出したな?という実感があって。アイスを舐め取るフロエや、フロエがシムーンに乗る前にアルティか誰かとキスする前に目線ズラして、カメラが兵士に横PANしたあたりですね(←あたりとか言いつつ、イヤに具体的w)このあたりから、フィルムに「乗ったな」という実感はあったのだけれど・・・それが
ルイ >> →大和屋さんのラストだったんだなあ。置き土産のような心境だったのかなあ・・・。西村監督が泣く泣く切ったのか、制作状況のせいか、何か他作品との絡みか。気になる所です。
ルイ >> 12話からが、岡田・西村双頭体制。LDさんが何話でシムーンを切ったかは知りませんが「ミスったな!」とは言っておこうかなw
ルイ >> ヒトケタ台が★★で、そっから★★★★、ラスト7話8話くらいは★★★★☆ってとこかな?印象だけで言ってますがw
kichi >> ふむ、なるほどw 私はヒトケタもアレはアレでって気持ちが結構あって、それでまた余計に複雑なんですけどねw
ルイ >> 12話のアタマだと思うんですけど、フロエが「心臓が止まると思った。でも、止まらなかった」と言うような事を言っていて・・・そこでハッとしたんですよね。あ、ここが岡田参加回だ!というのを直感的に気付けたというのが、自分でも驚きでした。一つ大切な作品に出会えると、自分を勝手に進めてくれる・・・後半も、セリフが先読みできてしまって、一言一句違わず脳内で数秒前に出せちゃったりするのが、何かうれしかったですね。でも、それは岡田さんや西村さんが、この気持ちを続けて「true tears」に持ち込んだ事の証でもある。観た価値はありすぎるほどありました。
ルイ >> ヒトケタ台は、一種犠牲のようなものですから・・・あそこだけを糾弾するのはどうかって心境はあるんですけどね。でも、キャラクターは動き出してないとは思うんですよ。やっぱりオンボロ艦で前線にホッポリ出されたのは、作劇としても、脚本演出としても大きかったんじゃないかな。
ルイ >> ネヴィリルが「あなたの観ているのは私じゃない。私に映る、永遠の少女のままのあなた」だったかな・・・そのセリフも、明らかに「とるてあ」の「あなたの好きなのは私じゃない」という言葉に繋がっている。シムーンでそれを書いたのが岡田さんで、とるてあでそれを書いたのが西村監督というところに・・・ときめいてしまうなw
kichi >> う〜ん、やっぱり記憶を掘り起こすだけじゃ限界があるなぁw ビッグローブで1話105円か……(汗) 要所だけでも……
ルイ >> 「とるてあ考」で既に何度か触れていると思うんですけど、僕は「とるてあ」に、「関われる物語、関われない物語」というものに対する厳格なまでの峻別を感じたんですね。そしてそれは「風人物語」にも継続されていた。だからこそシムーンを観る前に「全能感〜」という予測読み(ハズレたらハズレたで、まあそこを意識して観始めるぞって宣言)をしたんですけど・・・それはこの作品においては、マクロとミクロの関わりに現れてましたね。あと、成人の儀だかの設定にも。
ルイ >> 記憶だけで語ってくれても良いですよ?今書いてる細かい所は、作家読みみたいなもので、作品読みとは繋がるけれどイコールではないので。
ルイ >> マミーナが切り落とした髪の毛に何を込めたのかは、恐らくはロードレアモンしか正確な所はわかっていないんですね。でも、他の人は少し離れたところながら、そこまで届く「心の風圧」で、それに近い所を汲み取っている。そして、彼女達はロードレアモンにその事への深い説明と、その事実の共有を求めたりはしないんですね。・・・ああ、西村作品だなって。
ルイ >> 19話はしかしすごかったなあ。蔵出しでは25話が西村ジュンジ脚本!みたいな触れ方をされていたと思うけど、僕は19話が西村ジュンジ降誕の回だと思いますw
ルイ >> あそこで髪の毛を切り落とせる脚本って、僕は想像つかない。Aパートで切る事まではイメージできるのだけれど。プロの脚本家には、なかなか思いつく事はできないんじゃないかな。。。ここはちょっと震えましたね。
kichi >> ん〜、もうちょい整理ついたら何か語ってみるかもしれません。でも今日はもう寝ますw
kichi >> あ、そうそう、とるてあは一応DVD買う方向で考えてるんですけど、いっき見とちょっとずつ見るのどっちがいいでしょう? ネット通販利用するついでに1枚みたいな集め方も結構よくするんで(少なくとも2週に1回程度は利用します)、迷ってるんですが……。
LD >> 〜〜「ミスったな!」→Σ(゚д゚`;) 
LD >> (゚д゚`;) よく…言われます。「え!LDさん、○○切ったの?なんなの?バカなの?死ぬの?」とか…。
LD >> とりあえず「シムーン」は、CSでかかったら拾おうと思っていますが……難しいのかな〜?
LD >> Re:ペトロニウスさん キャラクターと物語の、主格と従格って、なにで判断すると考えていますか?→
ルイ >> 候補ツリー、とりあえずレスしました。
LD >> 分析的に言うと「チェックポイント的に使っている」と言うと良いのかな?今回の場合、シナリオの流れに違和感を感じた時、それが何故そうなるか?の考慮の一つとして持ち出していますね。全体的にはどちらの視点の方が見通しやすいか?という話になってきますが、それは「キャラクター」と「ストーリー」がケンカしていないものに対しては無理に分類しなくてもいい場合も多いと思います。
ルイ >> >「とるてあ」ちょっとずつでもいいですよ。DVDが手元にある事の強みは、ネットの映像チャンネルでは不可能な程の任意の再見のしやすさですからね(ようつべ等は含めず。有料制)
ルイ >> どうせ一度観たくらいじゃ・・・w←調子こいている
ルイ >> 一番恐れているのは、とるてあをバンダイチャンネルで観る事ですからね←営業妨害です
LD >> しかし、実際としては、まず経験から得られる「景観」で当たりをつけていますね。たとえば「ストライクウィッチーズ」に関して言うと、特に分析をはじめなくても「これはキャラクター主体の作品だろう?」という、僕の“経験視”に共感してくれる人はそう少なくはないと思います。無論、本格分析は別です。キャラ作品に見せかけてがっつりストーリー主格に組んでいる作品もありますしねw
ルイ >> ああ、キャラクター比較と、作品の本質優先とで同じ言葉を使っているんですね。>主格従格 後者の方にはあんまり馴染みがなかった。
ルイ >> 「ロザリオとバンパイア」は気持ちいいくらいキャラクター主格。ストーリー格用に用意したのが、バンパイア一家の四姉妹って設定ですが・・まあいいや。
LD >> ハイエナレス、読みました。…順当ですねw楽しみです。いろいろ考えましたが「ラインバレル」は無視しましょうw
ルイ >> っと「とるてあ」の話に戻しますが、最新話を観る前にそれまでの話を追っかける、それを繰り返すような鑑賞法が、極上の鑑賞法だと思います。ギアスやスクイズでも思った事ですけどね。まーそれをリアルタイムじゃないのに擬似的に再現できるという意味でも、数話づつってのはいいんじゃないかなあ。一気観で上から目線にならないようにするには、観る側の集中力と覚悟を要求するでしょうし。
ルイ >> 「ロザバン」の1話はかなり本気だ、とは言っておきますねw
ルイ >> ・・・あ、あと「ディスガイア」観始めました。・・・これ、まだ途中なんですけど・・・序盤2話、特に2話のタイトルコールが出るまで。そのあたりがですね←安い形容キター!
LD >> http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/20b7e8c2e08342aa85b67711cec8c763 「物語愉楽論」の最初にエントリーしたのですが、テーマの形によってキャラクターに載せやすい物か、ストーリーに載せやすい物か、傾向があるとは思うんですね。
ルイ >> 今の所、そのあとはそこまでの評価じゃないけど、序盤2話は相当なものです。そして、1クールアニメで序盤3話までが大した事ないものは、9割程度が知れてるとも思う。
LD >> この中で書いているように「無理にそれを規定しようとするのは危険がある」とは思うんですけどね。その上でなら作品を「読む」に当って有用なツールになってくれると思います。
LD >> ちょっと、記憶が薄れているのですが、2話のタイトルコールが出るまでってどんな感じでしたっけ?>「ディスガイア」
ルイ >> WF分類に近い意味合いと捉えていいですか?>無理に規定しようとするのは危険がある つまり、キャラクター主核としてみた場合の読みと、ストーリー主格としてみた場合の読みをつきあわせることでたどり着ける愉しさがあるかもしれない、という意味で。
ルイ >> んーと、1話のラストで召還ドラゴンで引くんですけど、2話アタマでドラゴンが消えて、お付が出てきて、鬼!とか言われてラハールがワハハワハハと大喜びするあたりまで・・・ですかね。
LD >> で「ラインバレル」は、さらに納得いかなくなるようなら、どっかで一度、じっくりと話し合いましょうw
ルイ >> 何かラハールは魔族でありながら「卑怯」という価値観においては常人とかわらない思考を見せる事が多い気がするんですが、これは高貴な生まれだからなんでしょうか?1話の「ワハハ」のように、この辺の差は明確な方が良い気も・・・※或いは明確じゃないなら、その「卑怯」だけ意識が魔族離れしている事にちゃんと意識的にカメラを当てた方がいいと思う
ルイ >> 現状で何にも納得していないんですけど、更に?w>ラインバレル
LD >> ん〜っと。キャラ/ストリーの主従分析は、作り手のテーマの「読み取り」に直結している行為だと思っています。返してWF分類は作り手の意図というよりは、出されたものの化学反応を見ているような状態ですね。
ルイ >> ゲーム版では、ここまで鉄壁のキャラクター配置をしているとは思わなかったなあ・・・回りやすいとは思ったけど。そのへん、どうしても一対一が基本となるゲームでは表現できない、トライアングル、或いはゴードンやらプリニーやら中ボスやらを絡めた上での四角形の良さがあるな。三つの頂点が固定で、あと一つをゲストで回す四角形車輪と見た(四角形じゃ車輪にならねえよ)>ディスガイア 何話でもやれそう。
ルイ >> まあWF分類は局所的な行為ですしね。わかりました。
ルイ >> 特別賞にラインバレルを持ってきてしまうという事も可能でしょうけど、ちょっと意地の悪い行いになっちゃいますかね。
ルイ >> 皮肉屋さん視点は、いつまでも限度を弁えておかないと、目を濁らせてしまうなぁ・・。
LD >> 何話でもやれそうですよねえ…w>「ディスガイア」 でも、アニメはノーマル・エンドで終わります。…トゥルーじゃないんですよね。なぜかw
ルイ >> あ、あと「ディスガイア」、OPとEDがメチャクチャ良いですね。OPがキャラクター構造、EDが世界観を語っちゃってる。
ルイ >> OPがサビの「何度でも♪」で終わらないのが好きだなあ・・・w「怪物王女」のOPもこんな感じが良かったなあ・・・←よくわかんない
ルイ >> 何話でもやる為には、ラハールもフロンも、「デレ」ちゃダメですけどねw
LD >> スタンスの問題ですけどね。選考のスタンスを「ダメさが「楽しめた」ので良い!」とするなら「ラインバレル」は特別選考どころか、堂々、作品エントリーしてもいいくらいで。
ルイ >> ベクトルはともかく、語りたい欲を刺激する作品なんですよね。それも「愉しさ」といえばその通りで・・・ああ、じゃあ「作品賞」に次回ノミネートしておきますよ。←! ?
LD >> …でも「ラインバレル」の「愉しさ」は多分、ローカルなんですよね。このチャットでケンケンガクガク、ダメな事を指摘して行けばそれは「愉しい」でしょうけど、誰かが「ラインバレル」だけ観ても「そこ」には行けないはずで。
LD >> ああ、いえw いろいろ考えた結果、無視しようと…w で、話したい事があれば別に話をしましょうとw>「ラインバレル」
ルイ >> ローカルなんですかね・・・かなり普遍的な気もするんだけどw これ、例えば今年の後半でもって大逆転、とは言わないけど打ち消すような凄まじい脚本連発されたら、いい意味での笑い話になっていいと思います。期待ageみたいな感じでw
ルイ >> 無視かぁーwまあ、全体を愉しむ為の、大人の決断ですね、わかりますw
LD >> んじゃ、「スクールデイズ」はローカルじゃないんかい!?→(´・ω・`)…。→(´・ω・`) ローカルじゃないよ?→と思っていてw
ルイ >> なるほど。僕の中ではスクイズとラインバレルの「愉しみ方」は、ともにローカルじゃないですねwどちらも物語を味わっていこうとするとぶつかるものですし。・・・って、なんか迷いのワンクッションが入ってますね?w
ルイ >> (・・・いかん、候補で「あかね色」を気持ちいいくらいスルーしちまった・・・)
LD >> ええっと、その「語りたい欲」をパブリックと判断する向きもありますよね。確かに。たとえば「GUN道」をエントリーするのは僕はそんなに躊躇が無かったりするかもw
ルイ >> そうですね。つまり10年前からこの話題があったとして「ロストユニバース」を作品賞にノミネートできたか?という・・・或いは「ヤシガニ屠る」をサブタイトル賞にノミネートできたか?という・・・←
ルイ >> とりあえず、「喰霊」はまだDVD出きってないんですけど、何とか最初の一巻(2話)分だけでも観ようと思ってます。
LD >> でも「つまらない」事を「面白い」と言い出したらカオスですよね。「ラインバレル」はそこから抜け出ている!という意見はもっともです。…とした上で、ちょっと置いておきましょうかという感じですね。
ルイ >> そこは「選考」という言葉の広さに預けてノミネートまでは自由にして、一つ選ぶ時に働く意識であればいいかなと・・・って、これは夏期も何か似た立ち位置で話した気もしないでもないですねwまあとりあえず、保留で良いです。技術的なものをさておけば、なんだかんだいって「最後まで観てやろう」とは思ってますしね。焦ることもない。
ルイ >> ・・・あ、そうだ。諸評でDB以外の独自タイトルは書けないようになってるんですか?エロアニメを書けなくなったら困るんですがw
LD >> ここらへん「面白い」を優先する僕やルイさんだから課されているテーマでw 「それも面白いんだからいいじゃん?」と言ってしまえば「辻褄」は合うんですけどねw僕の直感が「それは楽をしているだろう」と囁きますw
LD >> …あ、単純ミスです。>独自タイトル書けない 直します。しばしお待ちを。
ルイ >> それは、線を引く位置の差ですねw>楽をしている
ルイ >> こちらはノミネートは「楽をして」振り落とす際にそこに触れたいって言っているという事なので、基本的には違いはないんだろうと思っています。まあ、敢えて言えば僕の方が自由主義?w僕の方がいい加減?wという事ですねw
LD >> たとえば「ラインバレル」は両者合意があるからいいのですけど、これを特にひっかかり無しに通すようになると、一方だけが「この“つまらなさ”に“面白さ”を感じないなんて!」みたいな主張がアリになってくる。ちょっと僕はこれを捌けるレベルには達していないかな?とは思うんで、少なくとも両者が合意するなら、くらいのガイドラインで慎重に行こうかなとw
ルイ >> 要は「ベクトルの選定はノミネート前にするか、後にするか?」という一言に集約できるかな。ここはおいおいの課題でもあると思います。こういった話題作が増えてくれば来るほど、イヤでもむきあわなきゃいけなくなるはずで。同期に複数こういうのが来ちゃったらどうする、とか・・・(ラインバレル、GUN道、ヴァラノワール・・・)
ルイ >> ああ、そうそう。それもありますね。ハイエナのレスに書いた通りで、こっちを裁けてる!と実績でもって言える程に、われわれは「こっち」も追えるのかとw
ルイ >> 基本的には切りますからねえ・・・wでも不思議と「ドージンワーク」はノミネートしなかった確信があるぞ?w
LD >> いや、ルイさんは、僕の話は分った上で「その上で「ラインバレル」はパブリックなレベルではないか?」と言っていると受け止めていますw
ルイ >> はい、ドージンワークとは違うぞ、って言いたいんですwでも、確かにこれが「こき下ろし比べ」になったり「非難擁護合戦」になったら元も子もないですからね。慎重に対処するのも手ですよね。
LD >> 「ドージンワーク」のつまらなさが楽しめないなんて!w「MOE」のつまらなさが楽しめないなんて!w…って言えますよね。で、まあ、それは“有る”と思うんだけど、ちょっと慎重になっておこうかなと。
ルイ >> MOEと来ましたか〜・・・それを言われると何もいえなくなるなwそう、「有る」という主張がある、という事がアピールできればそれでいいです。そのアピールをノミネートで行って、最終選考で「慎重に、無しにしましょ」と言われるくらいを想定しての発言だった、とバラしておきます。
ルイ >> つまり、このチャットでの合意を「今期選考」の基準そのものとして、本文に残しておこうっていう企みですよ。でも、第一回もっ、行方不明っだしぃ〜?
LD >> あ…ルイさん、独自タイトル自体は書けるはずです。メニューの隣のボックスに入力すればそれが優先されます。タイトル空欄ができないはず。
ルイ >> あ、やはりですか。その可能性もあるなと思ってたんですが、怖くて試せなかったんですね。・・・でもまあ、このままだと僕みたいな小心者を怯えさせるとは思うので、(それ以外)とかは・・・w
LD >> すみません。何とかします…(滝汗)。o(あれ、長いんだよなあ…)
LD >> さて、そろそろ寝ます。まあ、今期選考も速やかに行い。手早く1月期に移行しないとねw
ルイ >> そうですね。ともかく、あと少し。「屍姫」もとりあえず見るぞ。えいえいおー。
ルイ >> 前回の反省を踏まえて、今期は「移行」というか、順次移行のイメージでいこうと思います。LDさんは出来てたみたいだけど、僕はもう、前期は意識を止めすぎたw
ルイ >> では、おやすみなさい。でも「ディスガイア」は最後までいきたいし、「lain」も「灰羽」も観たいよ・・・orz
LD >> それでは、お休みなさい。
ペトロニウス >> 僕は脚本家を「通観して」観ていないので、西村監督という人の作家性は、わからないんですが、なんとなく「少しわかった」気がした。どうも、僕には、マクロの設定がないと、言葉にできない傾向が強いようで、lainも灰羽同盟も、シムーンも、、、???って感じだったんですが、それぞれに「なんらかの表現したいコア」みたいなものがある感じはするんですよね。
ペトロニウス >> ああいう人たちの「表現したいもの」って、言葉にしにくい「情動」とかみたいなもので、それを延々「遠まわしに」とシュチュエーションで、語ろうとするので、何か謎解きというか寓話を見せられている気分になる。
ペトロニウス >> 「純粋信仰」「純粋肯定」とかルイさんがおっしゃったのが、なんとなくキーワードで、わかる気がするんですが…・
ペトロニウス >> シムーンにも、なんらかの「表現したいもの」を、「遠まわしで」ずっと語り続けている感じがする。僕は頭が悪いので、言葉にして翻訳しないと、それがはっきり納得しないので、何となく意味不明に感じる。ただ、映像は力なので、「感じてはいる」けど、わからない・・・ような。
ペトロニウス >> うーんまとまらない、、、、もう少し考えてみます。ただ、監督のその他の作品との関連性を見ると、わかるのかも。何を見ると、わかりますかね?。<ルイさん
井汲 >> 周回遅れくらいになってしまいましたが………「ストライクウィッチーズ」について LD さんが仰ってるのは、シリーズ全体の構成についてだと思うんですよね。ペトロニウスさんがご覧になったのは3話まで、ということでしたから、その回までの材料で話をするなら、出来がよくないのは単純に「動機と行動が繋がってないから」という脚本上の欠陥のせいだと思います。(ペトロニウスさんは「演出が…」と仰ってますが、演出じゃなくて脚本だと思う)
井汲 >> 主人公は、戦争のせいで父親を失っていて、「戦争に協力するのは絶対にイヤ」と思っている。彼女の主要な行動原理は「他人(ネコであっても)を助けたい」というものなんだけど、優先順位としては「戦争はイヤ」の方が上回っている、という状態から話が始まっています(この基本設定の導入の仕方もいい加減で、それについては以前ルイさんも指摘していました)。→
LD >> ルイさん、Mixiにメッセージ送りました。
井汲 >> →それがあの場面で、父の形見の兵器を装着して飛び立つことを決意する…という話なんだけど、優先順位が覆される理由が描けてないんですよね。これまで、「人類の敵ネウロイに対抗できるのは、魔力を備えたウィッチによる飛行小隊だけ」ってことはわかっていて、それでも彼女はそっちの方に自分の力を生かそうとはしなかったんだから。→
井汲 >> →あそこで「今は私が出撃しないと…」と決意させるには段取りが足りてなくて、少なくとも「あのユニットを履きさえすれば何とかなるかもしれない」と主人公に思わせるだけの出来事が事前に必要だと思うんですよ。現状だと傷の手当ての現場で役に立たなくて、いよいよ追い詰められたから履いた…という感じになっていて、「役立たず→履く」の矢印がうまく繋がらないですよね。何でキミ唐突にそれ履こうという気になったの?という感じで。
井汲 >> そういう所、対比させて色々考えをめぐらせた結果、「トップ!」のプロットの巧みさに改めて舌を巻いた、という副産物はあったんですが(笑)。………さて、これから GiGi さんに返事書きまーす。
LD >> そうですね。下の僕の「ストウィ」の話は総括的……というか演出的に上手く行っていない部分と、意図的に演出を詰めるのを控えた部分の見極めをする指標みたいな話になっていますね。…で「ストウィ」も、あんま上手くない所は散見されるワケでここらへん難しいw
LD >> 「戦争はイヤ」に関しては確かに処理が上手くないですね。…まるでダメとも思わないんですけどね。頭で考えていたこ事と、実際の戦場を目の前にして身体がどう動くかは、別の事だとは思うので。
LD >> 「戦争はイヤ」は多分、作品に(幾分かそういう要素があるとしても)“反戦”のテーマを載せているんじゃなくって、その後の「ネウロイとの接触」に到る“根”として設置されたものだと「読んで」います。そうじゃなきゃこの設定は要らないというか…果たしてこのプロットに直結できる要素なのか?って議論もあるとは思うんですけどね(汗)
ルイ >> ペトロニウスさんに「頭が悪い」などと言われてしまうと、僕含め様々な人が困ってしまうと思うので・・・wそこは賢い人のオブリージュを全うしてほしいなとw
LD >> …で。ただですね。下のキャラが主格という話で言いたかったのは、たとえば「ストウィ」のテーマが“反戦”あるいは“反戦反戦言っても戦う時は戦わないと!”であるなら、この「戦争はイヤ」の件をしくじるのは致命的なんですけど、「ストウィ」のテーマはそこじゃないだろうと。テーマじゃない部分で綻びがある事と、テーマの表現を損なっている事では、作品の評価に大きな差があるだろうと。そこらへんの話になってきますね。
ルイ >> ミクロの動機がマクロに繋がっていくダイナミズム・・・簡単に言えば「英雄譚」などが当てはまるのだと思いますが、そちらにセンサーが特化しているのは頭の良しあしじゃあないですよね。わかって謙遜されていると思いますけどw 「ガンダム」のスメラギさんの話でも端的に現れてましたが、僕は「そうじゃない人の選択」の方も大好きなだけで・・・昨日再読したLDさんの物語愉楽論の単語で言うなら、そこに「生命の実感」を覚えてしまうという。それだけでしょうね。そして西村純二という人は、まぎれもなくそちらに特化した人なのだと思います。
ルイ >> 「監督のその他の作品」ではないのですが、彼の最新作にして最高傑作である「true tears」(でも、これもこじんまりw)のインタビューで、監督が影響を受けた作品として日活ロマンポルノの「色情めす市場」という作品を挙げておられたんですね。で、それを観てみたんですが・・・ああ、確かにこのあたりに「根」があるなと。
LD >> 「シムーン」の話は、kichiさんの言われる「部分部分の良さを言葉にしていくことはできると思う」に沿って行くのがよいような気がしています。
LD >> ねえw>ペトロニウスさんに「頭が悪い」などと言われてしまうと〜
LD >> ただ、全体像的な「景観」に霧がかかっているなら、ここの描写を詰めて行くのは「手」じゃないかなとは思います。森が見えないなら木の一本一本を確かめて行こうという考え方ですね。
ルイ >> 作品としては、戦後大阪のドヤ街という、饐えた匂いのしていそうな暗いエネルギーに満ちた街で、主人公は娼婦をしている・・・梅毒か何かで脳をやられた弟を養いながら、ただ生きている。劇的な何かはそこにはないし、起こりもしない。それこそ遠くから眺めたら「悲劇」以外の何物でもないんですよね。・・・でも、それを捉えるカメラにはそういった憐憫の情は微塵も存在しないんですよね。そんな感情を覚えるのは失礼とばかりに、その「最底辺で、ただ生きる」人の輝きを活写している。コミックだと西原理恵子さんの「ぼくんち」に似ているかな・・・そこに影響を受けた西村監督は、下・・・というニュアンスもアレか・・・ただ地面の上にある人間を見つめる事で、人間賛歌を行いたい人なんでしょうね。できない事が溢れる中で、できる事を選んでいく事に、暖かいまなざしを向けている。
LD >> ただ「シムーン」がそこまで茫漠としているか、どうかはkichiさんや、ルイさんの話から“あたり”をつけて行きたいですね。
ルイ >> だから、「シムーン」でいくと、アーエルとネヴィリルは「そうではない道を選べた人」で、一種の超人だと思うんですよねえw「それを出来ない人間たちの物語」だと思っている。
LD >> (´・ω・`)。o(…やっぱ、日活ロマンポルノには手を出さんといかんか……って、これは以前も言ったような…?)
ルイ >> シムーンは、構成が二点三点したあとがあるんですよ。その点で、一本の構成として美しいなんて到底言いがたいですね。でも、だからこそのマジックを体感できる作品でもありますね。
ルイ >> LDさんは日活ロマンポルノはいいから、シムーンを・・・月末にお礼参りで送っておきますw
ルイ >> ペトロニウスさんに「true tears」!ってのは、成立するのかなあ・・・そのあたりはLDさんに確認を取りたい所。ただ、僕も吉田秋生先生の短編とか大好きだし・・・そっちからのセンでいけるって気もするんですけどね。
ルイ >> ペトロニウスさんに「true tears」!ってのは、成立するのかなあ・・・そのあたりはLDさんに確認を取りたい所。ただ、僕も吉田秋生先生の短編とか大好きだし・・・そっちからのセンでいけるって気もするんですけどね。
LD >> (´;ω;`)。o(……ポルノ……)
ルイ >> >ストウィ (読んでいる)
ルイ >> ・・前提として、3話まで・・・導入の技術的な甘さという話なのかな?それならば井汲さんに触れられたとおり、僕も基本的な甘さを感じていますね。 その上でLDさんの言う、包括的に捉えた際の「そこに引きずられすぎない観かた」の提示というものもよくわかる(でも、導入しくじるなら「基本技量はこんなもん」というアタリをつけられてしまいそうにも思うw)
ルイ >> LDさんの言う「プロットに直結できる要素なのか?」←ここかなあ・・・。
LD >> ペトロニウスさんの少女マンガとか読まれている量を考えれば、全然、「観れる」とは思っているんですけどね…。>「とるてあ」 ただ「漫研」と同じ「読み方」になるかどうかは分からないよねw
ルイ >> そうなんですよね。基本、「男性作家の少女マンガ」のはずなんですよねw
ルイ >> 本当に小さな人間たちの、それぞれのそれぞれなりの精緻な観察に基づいた描写が折り重なって、一つの必然を紡いでいく・・・そこに感動したり、「こじんまりとした人間賛歌」←放映当時の自分の諸評 を受け取りにいくかどうかは・・・LDさんの方が懇意なのでお任せw
LD >> 「戦争はイヤ」って設定、基本的には“利いて”ないですよね。理由があるとすれば、彼女だけネウロイとの接触をしようとするって流れを支援しているのかなあ?とは思っているんですが……「何も考えず、思いつきでつけただけじゃない?」って言われたら「……そうかも?」って答えそうになりますw
ルイ >> ・・っと「ストウィ」の序盤まで頭を戻して・・・
ルイ >> 「私にできること」にどれだけ実感が「乗る」かという演出の話・・・そして、演出というものはアニメで言うと、まず「脚本」が為す比率が大きいんですよね。井汲さんたちの言葉の違いはそこだな。
ルイ >> 潜在的に戦争をしないで済む方策を探っているから、ネウロイとの接触に積極的だと。ウーム。
LD >> あの世界で「戦争はイヤ」って娘は、かえって変わった娘だと思うんですよね。「読む」ならそこから「読んで」行く事になるでしょうね。
ルイ >> 「戦争はイヤ」「助けたい」。共通しているのは「自分にはできる」こと。そして、どちらも無関心ではないという点で共通しているんですよね・・・。戦艦に乗って、自分の治癒能力で出来る事の限界を感じた時、同じ「自分ならできる事」で、もっとダイレクトなものに気付いた。戦争を単に生理的に忌避して「見ない」事では気付けない、「治す」事と「戦う」事の同源性に気付いた・・・←勝手に序盤のプロットを整理している
ルイ >> 「戦争がイヤ」なのは、お父さんを持ってかれたからですよね?
ルイ >> ・・・戦艦で、最初にフランクに声かけてくれた乗員が治癒の甲斐なく死んじゃうくらいで締まるかな・・?←すぐ人殺して締めさせようとする奴
LD >> ちょっと、喋っていて実は「ナウシカ」を思い出していたりしたんですよね。あの世界で「戦争はイヤ」と言い出す感覚は、実は腐海と蟲たちを「なんてキレイ…」とか言っちゃう感覚に近いものがあるような?ないような?……今、思いつきで書き綴っていますがw
ルイ >> 宮藤、格たけええええ!w>ナウシカ
ルイ >> それなら、父の死(実は生きてる?)という要素は用意しちゃいけないように思いますね。「戦争はイヤ」に、ネウロイ和解にも通じる意味性を加えようというなら。
LD >> おっと、それは「組み」直しかな?>お父さんを持ってかれたからですよね? つか、サボり過ぎ…orz 一旦落ちます。
ルイ >> そう、僕も一旦失礼します。・・「みなみけ」は三作通じてキャラクター主格という判断でいいのか?童夢版をどう扱うか?ここを勝手に課題にさせてもらって、失礼します。
井汲 >> “頭で考えていたこ事と、実際の戦場を目の前にして身体がどう動くかは、別の事”“戦争を単に生理的に忌避して「見ない」事では気付けない、「治す」事と「戦う」事の同源性に気付いた” 基本線はそれでしょうね。ただそれらを全部見る側が「そう解釈してくれる」ことに頼り切ってしまっていて、そう見てもらうための努力は全然していないと言うか。→
井汲 >> →例えば、よくある組み方だったら、ここは「主人公は飛行ユニットの扱いには天性の才能を見せていたけど、自分のその才能には反発していた」という線を一発入れておきますよね。だけど、「ストウィ」では「天性の才能」なんか見せてない。→
井汲 >> →なので、故郷ではそれなりの才能を見せ、実績も積んでいた『治癒』で役立たずだったとき、「じゃあ飛行ユニットを履こう」という流れにつながんないんですよね。「才能・実績ともにあった『治癒』がだめだったのに、どうしてそのどっちもないユニットに行こうと思うの?」というわけで。
井汲 >> 辛うじてあるとしたら、「眼帯隊長がスカウトしてくれたんだから、やればできるはず」ことと「パパの作ったマシンだから」という要素ですが、かなり弱い。それらを根拠とするに必要な積み上げが欠けている。
井汲 >> で、ペトロニウスさんの「なぜ GONZO 作品はダメなんだろう?」という疑問に戻ると、そんなの決まってるじゃないですか!脚本がダメだからですよ!(笑)「LAST EXILE」とか「銀の髪のアギト」とか見ればわかるでしょう!!(笑)
井汲 >> 以前、GONZO の石川さんとちょっとだけ話をする機会があって、そのとき「LAST EXILE」の脚本について文句を言ったら、「次の『ブレイブストーリー』ではちゃんとした脚本家だから」と言ってたんですが…結局、映像作品というのは脚本がやっぱり一番重要で、脚本がダメだと残りがいくら良くても立ち直りが効かないですね。「ブレイブ…」は未見なので脚本(ギアスの大河内さん)の出来については私は判断できないんですが…。
kichi >> |ω・`)昨日あの後悶々とシムーンについて考え続けちゃって寝付けなかったもんだから眠いです……w
kichi >> でまぁ考え続けた結果、私にとってのツボポイントなど、いろいろ見えてきた感じではあるんですが……、ルイさんがLDさんにシムーン貸すのだとするとあんまモロネタバレな話も良くはないのかなぁ?と悩み中……w
LD >> |ω・`) ネタバレとか全然だいじょうぶだよ?おじいちゃん、忘れっぽいし…。
LD >> (´・ω・`) 「あかね色に染まる坂」の最終回みたけど……これ、けっごうよぐね?
LD >> 。o(…あと「屍姫」と「えふ」かな…)
ペトロニウス >> いや、井汲さん、演出というか脚本というかは、僕の定義のあいまいさなんで、そこを置いておくと、なによりも、GONZOのようなかなりビジネスで企画を考えている企業が、なぜ「ああも連続して脚本がダメなのか?」ってのが分からないんです。普通、それわかりますよね?。たしか、よく覚えていないが、ブレイブも駄目だった記憶がある。
ペトロニウス >> その他のレベル(設定の深さや細かさ、映像の美しさ)が、相当秀逸に詰めている分だけ、なぜ、ああも「毎回毎回繰り返して同じミスをする」のかわからないんですよ。
ペトロニウス >> おっしゃる通り、「LAST EXILE]toka
ペトロニウス >> [LAST EXILE」とか「銀の髪のアギト」
ペトロニウス >> あれーうまくあげれな・・・えっと、下記の2作品ほど、脚本以外は、よくできているのに、なぜよりにもよって「そこ」だけそんなに弱いんだ・・・って。不思議で仕方がないく。普通あれくらい他の設定がしっかりしていると、あんなふうに薄いレベルの低脚本にならないものだと思うんですが。
LD >> |ω・`) 。o(…ああ、「ブレイブ・ストーリー」はけっこう好きなんだけど……ま、いっか。原作を短くまとめる難しさというのはあったかも…)
ペトロニウス >> ちなみに、主格の話分かったかも。ストウィは、LDさんの言う通り、動機の整合性が悪い。また物語全体で語っていまうであろう設定からある程度必然に言えるテーマとミスマッチ。しかしにもかかわらず「キャラ」の存在だけで、まぁそれなりにいんと違う?って感じるもの。
ペトロニウス >> ふむ、、、、さすがに、みなさん言葉にするのがうまいなぁ。
LD >> まあ、この話をした時に「欠員」という単語を持ち出したんですけど、ストーリーで引き出されている「路線」(テーマとは言わない)を突き詰めて表現するなら、メンバーに欠員を出すことがかなりベストに近い……という予想が立ったとしても「キャラを失う」欠員という選択はしないんですよね。
LD >> もし、ストーリーで組まれている「路線」がテーマであり、キャラクターはそれに従わせるべきものであり、欠員を出す事が路線の完うであるなら、欠員を選択するんですよね。「ストウィ」がストーリー主格の作品なら、そういう選択になってくるという話をしたつもりです。
ペトロニウス >> なるほど、「路線」(ほっておいても出てきてしまうもの)と、テーマ(意識して主張したいこと)をわけるわけですね。
LD >> 多分、イェーガーが音速を超える話とか、「スースーするの」の方が「ストウィ」らしさが出ているエピだと思います。
LD >> 「路線」によって、ある程度の“悲壮感”ないし“戦場で健気に戦う少女たち”という「図」を見せたいとは思うんですよね。「こんなに可愛い女の子たちが戦闘しているんだ」っていう事で可愛さの倍加は狙っているでしょう。でも、そこで女の子を支援するための「路線」によって、女の子たちを次々「西部戦線異状なし」よろしく戦死殉職させてしまうのは、この作品にとっては本末転倒だと思うんです。たとえそれによって「路線」の意味がハッキリくっきり描かれるとしても。
GiGi >> 路線とテーマの話面白いです。これは定型崩し、フラグ破りの話にも通じる論点ですね
LD >> ただ、これはリアルタイム時に言っていた事なんですが、そこを圧してなお、今いった「路線」を眼帯隊長一人の表現で「昇華」させる事は可能だと思ったんですよね。…そこらへんはスタッフも分っているらしく、坂本さんの扱いは「路線」の昇華を目指しているような、退場をためらうような、びみょう〜な所をついて来ていますw
LD >> フラグ破りなのかな?…一応、ストリー重視と、キャラ重視の傾向は以前から言っている事で、テーマについて軽いものは「仮面テーマ」とか言い回して使ってきたつもりではあります。
ペトロニウス >> いま8話目見ます。気に入っちゃったかも♪。忙しい中で、一日一話。
GiGi >> ストウィの場合がどうだったのかは見てないのでわかりません(笑)。ただまあ状況的な死の予感と女の子は死んじゃいかん理論(笑)のせめぎあいがあったのかなと。

■■■■2009年01月07日■■■■
LD >> ああ、「ストウィ」については経験則的に観て「女の子は死んじゃだめだろの力学」(←力場が働いているので力学と言おうw)が強い作品だろうなと。…で、でも坂本さんという年長さんは、それでも「退場」あるかな?と思いましたよって話ですねw>GiGiさん
LD >> ( ゚∀゚)o彡°す・う・す!す・う・す! 8話目という事は既に観ましたねw>ペトロニウスさん
ルイ >> ああ、DVD特典・デ・ヤーレの1話ですかwでもあれが主としたら・・・じゃあラストの構成要らないw   「ロザリオとバンパイア」多分LDさんより好きだと思うんですけど、その辺の割り切りがハッキリしていて好きですね。・・・でもあれに★4いけるか?というと・・・悩むw
ルイ >> ・・・!いや、いける!(カッ
ルイ >> 「あかね」最終回良いですよ。諸評に書いたけど、何故かスクイズと反復取ってるしw
ルイ >> ストウィの坂本さんって、「トップ」のオオタコーチがお姉さまやってるような位置ですからねw>死の予感
ルイ >> GONZOの脚本・・・・・瀬戸の花嫁・・・(言わないでおこう、オリジナル作品限定の話題っぽいし・・・)
LD >> 「あかね」は何か自分の望むエンドを出された嬉しさというか、そこらへんがありますね。そこらへんは「フタコイ」に近い感覚。(…ってかインモラルな事を言い切られる話が好きなのかな?)
ルイ >> 僕も諸評で「フタコイ」を出しましたね。「とるてあ」も一緒に出したけど。
ルイ >> インモラルな事を言い切るだけじゃダメですwインモラルな事はインモラルだ、という所で悶々としてもらわないと、演出力が出ないので。ダメ、でも良い!という2ステップ肯定が大事かなあ。
LD >> じゃあ、ラストの構成要らないw…→ ´_ゝ`) …いや、シリアスな話はいるのさ…、す〜す〜する範囲で…それがこの話の難しいところさ……。
LD >> ちょっと自分、弁護すると、障壁的にはかなり高い状態ではあるんですよね。>インモラル
ルイ >> 「あかね」はラスト2話で整えたような印象ですかね。序盤から、もっと高く積み上げられたかなーとは思います。
ルイ >> 「フタコイ」はずーっとそこをネチネチやってるから大好き!(笑
LD >> でも、ラスト2話の夕姫はよかった。ああ、もって行くなら、もっと早い段階でジェノと夕姫はラブラブにしていた方が、崩落が出てよかったんじゃないかな?その上で、夕姫が居座ったら「ヒメ、つええええええ!!」って思ったかも。
ルイ >> 脚本としてのノルマはそれなりにこなしてると思うんだけどなあ・・・演出がそこを、平坦に捉えてしまいましたかね。
LD >> 「フタコイオルタ」は心象にかなりシンクロしますもんね。沙羅と双樹の間で取り合い感情が無いところもいいのかも。
LD >> 3話か4話あたりの田中宏紀さん一人作画の時に、夕姫頭突きしまくるじゃないですか。あれって田中さんの仕事なんですかね。その後しなくなってすごい残念なんですよね。
ルイ >> あれ、その後しないですかね?カメラに向かって頭が突っ込んでくるという作画的にクセのある事ができなかったせいで、印象に乏しいのかも・・・>頭突き
LD >> どっかで、やってたかもしれないんですけどね。たとえば最終回の殴りは是非やって欲しかったんですよね。
ルイ >> 「髪の田中」という事は知れ渡っているでしょうから、あて書き気味に脚本書いたかな?
kichi >> う〜ん、秋山完氏のシムーン評というか考察?は凄いなぁ……orz正直、読んだら語りにくくなってしまいました……
kichi >> ……内容がもろカブリってわけでは無いんですけど、自分の語ろうとしてたことがますます薄っぺらく感じられてしまいましたw
LD >> いや〜でも、頭突きは夕姫のキャラ立てとしては、かなり良いチョイスだと思ったんですよね。
LD >> kichiさん、そこらへんは気にせず…というワケにもいかないかもしれませんが、同感なところは乗りつつ、違うところは言いつつ、話を進めてゆければいいと思いますよ。
ルイ >> ふむ。僕は観終わったのが二日三日前なので、何一つ感想系は観てないですねw恐れるものなし!w
kichi >> そうですね。流れ断ち切っちゃって申し訳ないんですが(今更ですが;)、今逃すとほんとに語れなくなりそうなんでちょっとだけ個人的にツボだった辺りの気付きなど……。
ルイ >> んー、頭突きが他の回で行われたのか、気になります。調べたい・・・けど、全話早送りしてみるのもなあ・・w
kichi >> えーと、ルイさんの言う「それを出来ない人間たちの物語」であり、「祭のあと」が良さっていうのはすごく納得なんですけど、ただ、私はアーエルとネヴィリルのことも凄く気になってはいたんですよね。どっちかというと残された皆にとっての意味ではありますけど。
ルイ >> 「残された皆にとっての意味」は、その話をした時に触れなかったかな・・ええっと・・・
ルイ >> >あれは全て夢だったのじゃないかとすら思える。でも、あったのだと・・・そういう実感  ←基本的にはここかな。アーエルとネヴィリルは、存在じたいが「かつて少女であった自分たち」の永遠の存在証明だと思うんですよね。
ルイ >> 普通、永遠に少女(子供)ではいられないんですよね。それを無理に通せばオサスナ(だったか?)のようになる。・・・あと、ここで一つうなったのがミモザのラストシーンですね。
kichi >> アーエルとネヴィリルを送り出すことってある意味「永遠」を得るような意味合いがあるように感じてて、え〜と感覚的には、祭は終わったわけではなく、遠いどこかで続いてるというような……。
kichi >> オサナスはオナシアですねw ミモザは……リモネ?ユン?
ルイ >> ミモザがドミヌーラと次の可能性に旅立った時、村娘が彼女のいた場所に「光の粒子」を見つけるじゃないですか。あれってまさに、泉の女神が消える時に放っていた光そのままで。・・・ああ、ミモザやドミヌーラも(という事は、アーエルとネヴィリルも)やがては消えるのかな、と。ここは解釈色々ありそうですけど。   でも、彼女達は彼女達の物語をその「消滅」に向けて歩み続けるんだけど、周りの人間にとってはそれは必要ない情報なんですよね。それこそ、ユンだけが抱えていればいいような情報で。・・・アーエルとネヴィリルは、未来過去、どこかで永遠に少女であり続ける。あり続けていてくれる。そうあってくれれば良いのでしょうね。
ルイ >> おうおう、オナシア、ミモザですねwすいませんねえ、能登子とか・・・名前苦手でw
kichi >> リモネですw
ルイ >> 全部オナシアとリモネに訂正w
ルイ >> >遠いどこかで続いている それは、アーエルとネヴィリル以外の人にとって、ですか?
kichi >> あ、ちと脱線ですけど、ルイさんは、え〜と(あんま直ではネタバレしないように……w)、オナシアの正体に関しては……
kichi >> そうですね。>アーエルとネヴィリル以外の人にとって
ルイ >> 声がキタエリなら最高なんですけどねえ、って返せばいいのかな?w僕はもう、ネタバレガン無視ですがwLDさんは僕と違うからw
ルイ >> ふむ。「続く」という言葉の解釈に違いがあるようにも思いますね・・・例えば最終回・・・んーと、今度は名前・・・wフロエ・・・フロエス?w
kichi >> で、ですね、私がアーエルとネヴィの旅立ちを見て思い出したのが、わかつきめぐみの「So What?」のラストシーンなんですが、
ルイ >> 再び戦争は始まろうとしていて、かつての仲間とも敵味方に分かれ、殺しあう事になるかもしれない。そういう「現実」は、パラ様や姉妹、ロードレアモン・・・皆に横たわっている。そういう意味では「祭りは終わった」のだと僕は思います。でも・・・→
ルイ >> よーし投稿しようとしたら消えた!w orz
kichi >> え〜と、うまく書けないorz 「異世界へと旅立っていってしまう」ということがですね、凄く苦しいくらいに切ないシチュだというのを「So What?」を読んだ数日後、職場で突然気付いていきなり情緒不安定になったりしたんですがw、
ルイ >> 気を取り直して。 →でも、あの日々は今へと地続きで繋がっている。作中で誰か大人が「自分もかつては少女だったんだなあ」というような事を言っていたと思うんですが、性別の隔たりが無くても、今度は時間がその実感、共感を奪っていく。自分は本当にあの青春・思春期の当事者だったのか、と。それを、アーエルとネヴィリルがそのままあり続けていてくれるだろう、その事実だけで、それを信じ続けるだけで、永遠に証明してくれるんですよね。青春を、アルバムの中に仕舞わないで済む為の鍵といいますか・・・その意味で、僕も「続いている」と思います。祭りが続いているのではなく、祭りの日々と、今この現実とが「続いている」。だから、寂しい事があろうとも、それが大人になる事だったとしても、踏み出していける。そういう・・・自分にもあった「あの頃」の、永久の証明ですよね。
kichi >> ああ、続いてはいるけれど、その祭にもう一度参加することはもうできないっていう前提ではありますね。
kichi >> ああ、言いたいことは一緒ですね。っていうか、やっぱり言葉にするの巧いなぁ……orz>永久の照明
ルイ >> 自分で書いてて泣きそうになったw・・・とまあ、僕は基本的に「パラ様視点」で物語を見ちゃってるんで、今仰っているアーエルネヴィリル視点ってのは大変興味深いですね。なんというか、想像するしかない感じで・・・
kichi >> ……キタエリがどういう意味合いなのか分からない……orz声優にはうといもので……;   え〜と、ぶっちゃけましょう。LDさんはなるべく見ない方がいいと思うんですが、ドミ=オナって可能性はどう思ってます……?
ルイ >> ほ!そういう情報があるんですか?ゲームなどで・・・
LD >> ふむ…。並べられたワードで、大体感じが分ってきました。また、西村監督っぽいなとも…。とりあえず寝ますw
kichi >> あ、でもやはり微妙に違うのは、私の感覚では「遠いどこかで祭は続いてるけどそれにはもう参加することも見ることもできない」っていう感じであることかな? 自分にとっての祭は終わったとも言えるけど、祭自体は続けさせることができた、という。
ルイ >> 僕はアム=オナの可能性をちょっと考えていましたよ。ドミは、リモネとその限られた永遠を生きると思っていたから。そして、恐らくはドミ姉が先に消えるだろうと。
ルイ >> ふむ。視点をアーエル達に向けたか、自分達に向けたかによる違いに過ぎないみたいですね。kichiさんの言いようでも素直に伝わります。
kichi >> いや、アニメを観てそう解釈も可能ではあるという話です。リモ+ドミが飛ばされた場所って、遠い過去であることはたぶん間違いないですよね? あと、オナシアがユンに言った「元……名前忘れたけど翠玉のリマージョン探求組」という情報から、その組の最後の生き残りを名乗ってたドミである可能性はあるなという。
ルイ >> そうですね。リマージョン創世記でしょうね>遠い過去   普通に読めば、コールなんたらの、ドミ様にいたる前の、途中の人たちの誰かなんでしょうけどね。
kichi >> この感覚が強いのはさっき中途半端に話に出した「So What?」で受けた影響が強いんだと思うんですよね。死んだわけではないけど、ほぼ永遠に会えないことが確定してるようなシチュエーションっていうのが、私には苦しいくらい切なくて、その感覚をかぶせた感じでしょうか。
ルイ >> えーっと、その作品では視点はアーエルたちの側にあったりするんですか?>マイルスデイヴィスの曲名みたいなタイトル
kichi >> 私もそう考えてたんですけど、さっき話題に出した秋山完氏はドミ=オナと考えてるようで、そう捉えた時の「面白味」とかもいろいろ書かれてました。
kichi >> 基本は残された側ですね。でも、旅立った後の描写もちょっとだけあります。>So What?
kichi >> 基本は残された側ですね。でも、旅立った後の描写もちょっとだけあります。>So What?
ルイ >> その場合だと、リモネとの関係はどうなるんでしょうね?>ドミネーラ
kichi >> ドミが分解したシムーンを見て受けたショックは、自分の未来の記憶を見たショックという辺りから、その迷いと苦悩を追ってて、なるほど面白いと思いました>秋山完氏の説
ルイ >> いや、その苦悩だけなら特にオナシアと線を引かなくてもいけますよね?そこでオナシアに流れるのって、ドミネーラとしては歪んでないか?って思うんですが。。。
kichi >> リモネとはそれほど深く追求してる感じではなかったですけど、体が弱ってて翠玉ができなくなっててリモネには別な娘と行ってもらったのだろう、というような推察だったかと思います。
ルイ >> ちょw
ルイ >> 「パル」というテーマ性を先行して突き詰めた2人に対して、そんなドライな道は無いよ・・・orzリモネはドミ以外とはリマージョンはしないよ・・・orz
kichi >> ん〜、ループものの難しさなんでしょうけど、「自分がオナシアになった未来を見ちゃった」からオナシアになったという感じ?w
ルイ >> んー。僕はちょっと、その読みには乗れないかなあ?ドミネーラは、もうオナシアのような場所で立ち止まらないと思うんですよね。そも、彼女は保留を選びとったわけじゃない。リモネと一緒に、より良い変革の可能性を追求し続け、それが他者からは永遠の可能性に映り、一方自分たちにとっては消え行く旅路だったとしても、それを歩むと決めたのだから。そのシムーン・ショックに関しては、「自分が同胞を殺しまくる翠玉のリマージョンを伝えちゃった」事に衝撃を受けたけど「でも、だからこそシビュラの皆と、リモネと会えた」から、伝える事を肯定した。それが、仲間たちを殺す選択だとわかっていても。・・・そういう部分の葛藤で処理できません?
ルイ >> なるほど>ソー・ホワット やはり「行く側」の視点ってのはなかなか難しいですよね・・・。誰だ?皆わかるって言ったのはw
kichi >> う〜ん、そうですね。私も元々その可能性自体は考えつつも(直感で)違うだろうと判断してたんですけど、さっき秋山氏の文見てこれはこれで面白いなと揺れてしまったんですが……、違うと見た方が「美しい」感じはしますねw ということでシムーン的にやはり違うという読みを取ろうw
ルイ >> でも、なんでしょうね?読みたい流れは伝わりますねw
ルイ >> ループものでいくつかそういう経験もあるな。「DESIRE」あたりかな?剣乃ひろゆきの
ルイ >> ・・・あ!ああー!いくつか引っかかってる「僕の中の類型作りに影響を与えてる作品」って、DESIREだったんだ!多分!w今思いつきで言って気付いた!wうれしいなあ!w
ルイ >> 同様に、アムリア=オナシア読みも結構楽しいですよ?w
kichi >> アムリアですかぁ。それは考えてなかったですが……というか、元翠玉探求組じゃないから違うのでは……w
ルイ >> アムリアがそれを隠してただけかもしれないやん?wネヴィリルとの前進に執着していた動機にはその過去があったのだーって・・・ほうら妄想読みだw 基本的に違うと思ったうえではありますw
kichi >> あと、オナシア絡みでユンの話をちょっと。いえね、序盤のキャラクター乗ってなさというか微妙さはルイさんの仰るとおりなんですが、そんな中唯一ストレートに好感持てたユンが、最後ああいう道を選んでしまうっていうのはちょっと考えてしまうものがあってですね……。
ルイ >> 聞きます。>ユン 因みに僕はマミーナが一番好きだけどねw
kichi >> やっぱり、戦争の中に突然放り込まれた少女達の精神状態っていうのは相当歪んだものではあったのだろうなぁ、好感持てないような態度になって当然で、逆に、そんな中凛としていられたユンの方が異常とも言えるのかもなぁ……みたいなですね。
ルイ >> 「好感持てない」ってのは別に悪いことじゃないですからね。ちょっと話逸れるけど「ラインバレル」で、主人公の性格がどうしようもない事それ自体は、僕とか・・・LDさんも多分そうなんですが、そういう人にとっては、それ自体はマイナスじゃないですから。そう描いたものをどう扱う?って問題があるだけで。
ルイ >> ですね>ユン 多分、作り手がそう感じていったのだと思います。蔵出シムーンでそんな話ありませんでしたっけ?
kichi >> マミーナも好感持てるようになったのは艦移ってからじゃないですか?w でまぁ、段々とキャラが生きてくるっていうか甦ってきたと解釈してもいいんじゃないかと思うんですけど、そうなれたのはネット評でも大人気のワウフ父さんが後ろについてくれたことが大きいんだろうなぁ……とも思うんですよね。
kichi >> あれ?ありましたっけ?ちゃんと読んだのは昔なんで忘れました……orz>蔵出しシムーン
ルイ >> ユンはある程度、パライエッタと近い構造だと思うんですよね。自分を外に置いたからこそ成立する冷静さ、というか。パライエッタは予めそのつもりで造形していたけれど、ユンはその「異常な凛」に理由を与えようとすると、自然とそうなったというか・・・それが、後半の「過去の付加」と、「観察者である事」というものに繋がったのだと思っています。
ルイ >> アーエル殺そうとしたあたりも嫌いじゃないですよ?w>マミーナ 彼女はそこにしか縋るものがない、っていうのを最初から全開で出してくれましたから、ハッキリしていて好みでした。森永さんの演技が抜群だと思いますね。彼女「瀬戸の花嫁」の銭形巡で注目したんだけど、その前にこんないい役モノにしてたんだなあって・・・。
kichi >> パライエッタ……。う〜ん、ある意味一番暴走したキャラという印象なんで、いまいちユンと近い構造というのはピンと来ないかもですw
ルイ >> ワウフ人気なんだー。まあ、西村監督はワウフのようなキャラがいないアニメは作れないんじゃないかなあw
ルイ >> 暴走をはじめた後のパライエッタは置いといてw
kichi >> ああ、確かにマミーナは一貫してはいましたね。一貫して可哀想なキャラとも言える……w あのタイプで初顔合わせ時に声真似か何かされてクスクス笑われるとか酷ス……;
ルイ >> ワウフの登場と時期を同じくして、シビュラ達は大状況から解放されるんですよね。良くも悪くも。単なる、前線のいち老朽艦の、戦術的にはどてらい飛び道具、みたいな扱いになってwこの位置が、最終的なシムーン像を作るうえで必要だったんだろうとは思います。少女達の物語を展開する為に、ワウフも欠かせないパーツでしょうね。
kichi >> でもパライエッタは序盤から結構ギリギリな印象は受けましたんで、やっぱユンの悠然とした感じとは私は印象重ならないかもですw
ルイ >> 何か悲しい情報ですか?w>声真似
ルイ >> んと、それは先ほど言った通りです。「パライエッタは、そうなるように造形を組んでいた」。ユンは「悠然とさせていたらその特異な立ち位置が際立ってきて、そこに理由を与えようとしたら、結果的に”逃げとしての悠然”→ただそこにいる選択、というものに繋がった」という事でしょうね。結果的に似ちゃったって感じでしょうか。
kichi >> マミーナだけでなくドミもですけど、役どころ的な意味ではいいとこ一回も見せられてない気がしますよねw まぁ、その辺も狙ってのことなんだろうなぁ……。
ルイ >> 冷静すぎて、そこに悠然さを越えた「他人事感」を感じとったんでしょうね、西村監督か岡田さんがw
ルイ >> あれ?マミーナ、ドミヌーラ、パライエッタが僕のトップ3かもしれないんだけどそれなんてイジメ意見?w
kichi >> う〜ん、あまり実感は伴わないんですが(パラ様のイメージがどうしてもそういう造形と納得できないというかw)、話としては分かります>結果として似ちゃった
kichi >> いや、いいとこ見せられなかったのがイイんですけどね、もちろんw
ルイ >> マミーナは料理上手いし生活の知恵あるし19話最高だしでいいトコだらけですよ・・・しかも、20話もいいんだ・・・
ルイ >> 確か蔵出で触れられてた、西村ジュンジのSF考証に電話かけるという離れ業は、多分19話のラストなんじゃないかと妄想してるんですけどねw
kichi >> え〜と、具体的にはどういうことですか?>SF考証
ルイ >> 他国の巫女さんとキッスしてシムーン機動させたりしませんでした?あのへんとかw
ルイ >> 演出として素晴らしいから、設定より優先して演出を選び取ったと思うんですよ。19話にはそういった、西村監督の映像作家としてのセンスが凝縮されてて、ホント好きですね。
kichi >> あ、私の言った「いいとこ」は、アーエルのライバル的な立場で登場した、その役割的にはカッコイイとこ全然見せられなかったという意味です。ドミも同様で、上層部と裏で繋がってるキャラ的にはかなり駄目だったと思うので……w
kichi >> あ〜、そういえばそうだったかもしれませんねw>他国の巫女さんと
ルイ >> 承知しております>「いいとこ」 それに対しての駄々、から始めたかっただけで・・・
ルイ >> 士は己を知るものの為に死す、というと何かカタイけど・・・そういう心理の流れを描ききった19話ラストは、本当に普通の脚本家には書けないと思います。
ルイ >> それを受けての岡田さんによるマミーナのラストもよくて・・・あれ、「残酷さ」の演出じゃないですよね。救済のはずで。>花畑墜落
kichi >> 私は実は、どっちかという19話より20話の印象が強いかもですね。あのラストシーンはなぁ……ちとズルイとか思ってしまうくらいに美しすぎる……
ルイ >> あれが、物語を作る者の、物語を生きる者への優しさなんだと思いますよ。>ラストシーン
kichi >> ですね。>救済  でも、残酷テイストも加わってるからなお味わい深いってのはあると思いますね……。
ルイ >> 「true tears」の最終回で、純が比呂美と会話した後、風が吹いて布が空を舞うんですよね。それによって純は空を見上げる。・・・今は未見だからわからないでしょうけど、僕は同じ岡田脚本という事も含め、これが「作り手の眼差し」のあり方だと思います。その点で共通してると思う・・・けど、LDさんもkichiさんも片方しか観てねーや、チクショウw
kichi >> やっぱ、ちょっとショックではあるんですよ。ああいう風に放り出されるって描写自体は。でも、それがあまりにも美しくて、そこに救いを見ずにいられないっていうかですね……。
kichi >> な、なるべく近いうちに……w>とるてあ
ルイ >> やあ、あの演出の強烈なのは・・・脚本指示かコンテ指示かわからないんだけど・・・(そして岡田ファンなので、脚本と思いたいのだけれど)
ルイ >> 堕ちたシムーンの方は、花一輪も咲いてない荒地なんですよね。←これがちょっと強烈で。
kichi >> ああ、そうかぁ……。やっぱり観返したいなぁ……w>花一輪も咲いてない荒地
ルイ >> あー、僕は単純にうれしかったかもw>ほうり出されるショック お前ら大人が勝手に最後まで取り仕切ってしまえるものじゃないんだよ、「そこ」は!って、喝采気分だったかもしれませんw これも「色情めす市場」の話と同じで、離れたところから事態だけを聴けば、何か悲劇というか、残酷に聞こえるんですけどね。
ルイ >> 19話と20話は演出チェックでもしようかと思ってたくらいなんで、そこの画像はそのうち貼っておきますw
ルイ >> んー、でもさすがに映像付きでネタバレはLDさんもスルーして、「5の2」のときみたいに「観てませんでした」とか言われて傷つきそうなのでwまず先に、なんとかして観てもらうか・・・w
kichi >> ふぅ。まだ話したいことは残ってますが、さすがにそろそろ限界なので寝ます〜。おやすみなさい〜。
ルイ >> はい、実は僕も眠気のあまり頭痛が・・・wいや、大変楽しかったです。ありがとうございます。てか、俺、シムーンかなり好きなんだなあw
ルイ >> (言葉にしていかないと自覚が生まれない人)
kichi >> こちらこそありがとうございました〜。いやほんと、私もますます好きになったというか、……やっぱ手元に欲しいかも……orz
GiGi >> 携帯でシコシコと井汲さんのメールにお返事書くなど。引用なしで2000字越えとかなにやってんだか(笑)
GiGi >> メールに書ききれなかったぶん、ちょっとだけ補足すると、業界全体が青色吐息の中でプロダクションIGはなんでなんなに元気なのかとか考えると、いろいろ見えてくるかな、とか。
GiGi >> あとまあ、テレビドラマはアニメ以上にもはや死に体だと思います(笑)。失敗例としての参考にはなるかもですが(笑)
GiGi >> ラカン超カッコヨス(マガジン読み中)
マル >> はじめまして。シムーン話と聞いて、いてもたってもいられず来てしまいました。
マル >> 僕は、ユンが結構好きなんです。
マル >> DVDのコメンタリ(西村監督と西田亜沙子さんの対談)で、西田さんが、
マル >> あれは、ユンが(もしかしたら初めて)恋したオナシアを「救いたい」と思った結果だ、みたいな話をしてて
マル >> それ聞いていいなぁ、と思ったというか、けっこう納得がいったんです。
マル >> もともと、戦死した仲間に対する義務として「戦場にいること(そして死ぬこと)」を自分に課してたユンが
マル >> オナシアの苦悩を知ってなお、しかも一番の動機は「オナシア個人への愛」、とくれば
マル >> これも立派な成長、ひとつの選択じゃないかなぁと。
マル >> それでは失礼しました。またお伺いしたいです。
ルイ >> 西田さんは健全な妄想力でキャラクター描写を深めてそうですよね。
ルイ >> そして西村監督は、逐一それに正誤判定を下すタイプでもないのでしょう。
ルイ >> ところで、ユンは「戦場にいる事(そして死ぬこと)」を自らに課していたのでしょうか・・・?ここはちょっと気になるところで。
ルイ >> いや、言葉としては問題ないのかな?ただ、戦死した仲間に向き合って出た結論とはちょっと違うと思っていて。
ルイ >> 自らを「いつでも死にうる戦場」に置く事で、生き残った自分という特異さと向き合わずに済むようにしていた・・・言葉にするのが難しいですけど、そんなトコかな?前線に身を置く保留、といいますかね。だからこそオナシアへのシンパシーを感じ得たのだと思っていて。
ルイ >> それが愛かどうかという話になると、AS姉こと西田さんの妄想力には遠く及ばないのでわかりませんw
ルイ >> ・・って、はじめまして!w>マルさん どうもフランクに過ぎるのがいけないな。スイマセン。  ええっと、でもコメンタリとか良いですねえ。僕も西村監督のハゲダンディートークを聞きたいです。監督が素敵な事言ってたら是非教えてくださいw
ルイ >> ところで、1月期を観ながら秋の残りを始末しているんですが、かなりキツイですねw正直シムーン観たり、あまつさえ語ったりしてられる状況じゃなかったんじゃね?orz
ルイ >> 返信の使い方はいまいちわからないので、僕も個別評価をサボらず書いておくか・・大雑把に。
kichi >> こんばんわ。そしてはじめまして、マルさん。え〜と正直なところ、ユンがオナシアに「恋」というのは、私はあまり乗れない感じだったりはします。
kichi >> ていうかそもそも、ルイさんに「シムーンは百合じゃないですw」と言い切ってたように、シムーンのパル間の感情にすら「恋」という言葉を使うのには抵抗あるんですよね、私は。甘百合大好き派としてそれはどうかとも思うんですがw、まぁ実感なんでしょうがないですw
kichi >> ただ、例えばアーエルとネヴィリルの間の感情が、ただの仲間意識だとか敬愛的な意味での愛情だとかかと言われると、それも違うとは思うんですよね。普通言う「愛」よりはずっと志向性の強い特別な感情だとは思います。でも、やはり「恋」とは違う、ちょっとピッタリと当てはまる言葉は無い感情だと思うんですよね。
kichi >> ……志向× → 指向○
kichi >> で、それと同種……まではいかなくても近い傾向の、特別な感情をユンがオナシアに抱いたという話であれば乗れるかもしれない気がしてきてます。たぶん、ユンがオナシアの内面について深く考えていった時すぐにシンパシーは感じるはずで、昨日も話してたように割と異端とも言えるユンですから、それが新鮮で特別な感情へと発展していった可能性っていうのはあったかも……とは思えるんですよね。
kichi >> で、それと同種……まではいかなくても近い傾向の、特別な感情をユンがオナシアに抱いたという話であれば乗れるかもしれない気がしてきてます。たぶん、ユンがオナシアの内面について深く考えていった時すぐにシンパシーは感じるはずで、昨日も話してたように割と異端とも言えるユンですから、それが新鮮で特別な感情へと発展していった可能性っていうのはあったかも……とは思えるんですよね。
ペトロニウス >> す・う・すって、あのはいてない話ですか?<LDさん
ルイ >> スースーするの、ですねw
kichi >> うん、そう捉えて「ユンも人間的に成長」したという解釈はなかなか良いかもですね……。正直、ユンのあの選択はヴィンランドサガのクヌート王子の領域に行っちゃった、という解釈しかしてなくて、それを割と残念に思ってたんで、話を聞けて良かったですw

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